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高松高等裁判所 平成8年(う)104号 判決 1996年12月26日

本籍

愛媛県八幡浜市大字向灘一七一四番地

住居

松山市溝辺町甲八一番地

会社役員

泉勲

昭和一二年七月一九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、松山地方裁判所が平成八年五月二一日言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官井村立美出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人西嶋吉光作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官天野惠太作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、被告人が本件に関与した行為の違法性及び責任は極めて軽微であり、むしろ脱税請負組織の発生、維持について捜査側の立場にある国税局の幇助的行為ともいえる怠慢が最も大きいものであること、被告人は、既に修正申告を行い、重加算税も納入していることから処罰の必要性もないこと、本件脱税請負行為に対する刑罰の主たる目的はその組織者に向けられるべきものであり、その組織者を外した起訴はその目的の多くを失っていること、被告人のみを処罰し、脱税請負組織関係者を処罰しない不平等判決は、国民に対する説得力、感銘力を期待できず、むしろ被告人に対し一般の脱税請負事件に比べて不当な差別的取扱がなされたとの印象をもたらすことなどを総合すれば、被告人を処罰するのは相当でなく、本件公訴は公訴権の濫用として刑事訴訟法三三八条四号を準用して棄却すべきであるのに、被告人を有罪とした原判決には訴訟手続の法令違反があるというのである。

そこで、検討するに、原判決挙示の関係各証拠によれば、本件は、被告人が、自己の所有する土地建物の売却譲渡にかかる所得税を免れようと企て、山田文男と共謀のうえ、被告人の平成二年分の実際の総合課税の総所得金額が一〇四七万四二二八円、分離課税の長期譲渡所得金額が五億六〇八六万五一八五円あったにもかかわらず、右譲渡に要した費用を水増し計上する方法により所得を秘匿したうえ、松山税務署長に対し、同年分の総合課税の総所得金額が一〇四七万四二二八円、分離課税の長期譲渡所得金額が一億一〇八六万五一八五円で、これに対する所得税額が二五九六万三一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一億三八一四万五五〇〇円と右申告税との差額一億一二一八万二四〇〇円を免れたというものであって、本件事案の内容は軽微なものとはいい難く、被告人の刑責は軽視することができず、本件については被告人のみが起訴され、共犯者である山田が起訴されなかったとしても、本件公訴の提起が、検察官が訴追裁量権を逸脱し公訴の提起を無効ならしめるような極限的な場合に当たるものとは到底考えられず、また、本件行為について被告人を処罰するのが相当でないともいえない。

その他、所論にかんがみ検討してみても、本件公訴を受理して実体審査を遂げ、被告人を有罪とした原判決には、不法に公訴を受理した違法も、訴訟手続の法令違反もない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人は、税理士らから、同和会を通じて納税申告をすれば税金が安くなり、そのことにより査察や税務調査を受けたことがない旨の説明を受け、同和会を通じて申告すれば適法に税金が減額されるものと信じて、適正な所得金額で申告する意思で、本件所得税の申告手続を同和会関係者に委任したところ、同和会の山田らが被告人の委任の趣旨に反して巨額の架空の経費を水増しした申告書を作成して松山税務署に提出したものであって、被告人には脱税の故意がなかったから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

そこで、検討するに、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、原判示事実は、故意の点を含めて優に肯認することができ、当審における事実取調べの結果によっても、この判断は動かし得ない。

すなわち、右各証拠によれば、被告人は、昭和三五年三月に大学(商経学部経営学科)を卒業した後、日産製紙株式会社や井手車輌株式会社で経理事務の仕事をしていたが、昭和四一年一月に自動車の整備を業とする双葉自動車株式会社を設立し、それ以来現在に至るまで同会社の代表取締役を務めていること、被告人は、平成二年二月一九日、自己の所有する松山市土居田町七一二番、七一三番一の宅地及び七一二番地上の建物を代金六五六〇万円で、同年三月二〇日、自己の所有する同市高岡町二八二番一ほか二筆の雑種地を代金五億六三六七万円でそれぞれ売却譲渡したが、平成元年一二月ころから平成二年三月ころまでの間に、右雑種地の売買の仲介をした伸光宅建有限会社の経営者である一柳守義から、同和会を通じて納税申告をすれば右譲渡にかかる所得税が正規の税額の半分で済むから申告手続を任せて欲しい旨依頼され、平成三年一月下旬ないし同年二月上旬ころにも同人から右と同旨の依頼を受けたほか、かねて同和会を通じて納税申告をすれば税金が半分になるとのうわさも聞いていたものの、それについて疑念を抱いていたので、右依頼に応じなかったところ、そのころ、同人から紹介された田和公一から、全国自由同和会を通じて納税申告をすれば税金が半分になる、半分になった税金のうちには同和会の運営費に使われる分と税務署に納付する分とがある旨の説明を受けたので、右両名に対し、同和会を通じて申告すれば税金が半分で済む理由を尋ねたが、両名とも「心配はいらん。」などと言うだけで、具体的な説明はしなかったこと、また、被告人は、同年二月ころ、被告人及び双葉自動車株式会社の平成元年分までの所得税等の申告手続を依頼していた税理士佐伯亨に対し、同和会を通じて納税申告をすれば税金が安くなるという点について尋ねたところ、同人から、そういう事はよく耳にするが、同和会を通じて申告すれば税金が安くなる理由は知らない、同和会を通じてした申告について税務調査や査察を受けたという例は知らないなどと言われたこと、しかし、被告人は、前記各土地建物の譲渡にかかる所得税額が概算で一億円を超える高額になったころから、これを安くするため所得税の申告手続を同和会に依頼しようと考えるとともに、自己の負担を少しでも少なくしようと思い、平成三年二月ころ、田和及び一柳に対し、全国自由同和会に申告手続を依頼する場合は、被告人の支払う金額について、正規の所得税額の半額から更に一〇〇〇万円引いて欲しい旨要請したところ、田和が全国自由同和会愛媛県連合会会長であった山田にその旨伝え、同人がこれを承諾したので、田和及び一柳を通じて、本件所得税の確定申告手続及び納付手続を山田に依頼するとともに、被告人と一柳及び田和との間で、右約定どおりに税金が完納されること及びその後のいかなるトラブル等も右両名の責任において処理することを条件に、一柳に礼金として三〇〇万円を支払うことを約したこと、そのころ、被告人は、佐伯税理士に所得税の税率や税額の算出方法を聞き、資料に基づいて平成二年分の所得税額を算出してみたところ、一億三八四五万二〇〇〇円になったこと、山田は、平成三年二月下旬ないし同年三月上旬ころ、田和を介し、野本哲士をして、被告人の平成二年分の正規の所得税額を算出しその金額を一億三八四六万三一〇〇円(ただし、正確な金額は一億三八一四万五五〇〇円である。)とした確定申告書の控え及び前記各土地建物の譲渡に要した費用の額を水増し計上する方法により所得税額を正規の税額の約一九パーセントに圧縮して二五九六万三一〇〇円とした内容虚偽の確定申告書を作成させたうえ、平成三年三月一五日、右内容虚偽の確定申告書等を松山税務署に提出し、右確定申告書の控えは田和に渡したこと、被告人は、同日、田和から、被告人の正規の所得税額が一億三八四六万三一〇〇円で、その半額から一〇〇〇万円を差し引いた残額の五九二三万一五五〇円が被告人の負担する金額となり、そのうち、二五九六万三一〇〇円が税務署に納付され、三三二六万八四五〇円が同和会の運営費として使用される旨説明を受けて、前記確定申告書の控え等を受け取ったうえ、双葉自動車株式会社名義の金額二五九六万三一〇〇円の小切手一通を振り出して田和に交付し、同人及び一柳において松山税務署係員に右小切手を交付して本件所得税の納付をするよう委託した後、被告人において、右会社名義の金額三三二六万八四五〇円の小切手一通を振り出して田和に交付するとともに、一柳及び田和との間の前記約束に基づき右会社名義の金額三〇〇万円の小切手一通を振り出して一柳に交付したことが認められる。右に認定した事実を総合すれば、被告人は、山田の行った前記のような不正な手段による本件所得税の過少申告について、その具体的な方法を了知していなかったにしても、同人が何らかの不正な手段を用いて正規の所得税額をはるかに下回る過少申告をし、多額の所得税を免れることになるであろうことは十分認識したうえで同人に本件所得税の申告手続及び納付手続を一任したものと認められるから、被告人には脱税の故意があったものというべきである。被告人の検察官に対する供述調書記載の供述並びに原審及び当審における被告人の各供述中、右認定に抵触する部分は他の証拠に照らして信用できない。

その他、所論にかんがみ検討してみても、原判決には所論のいうような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、被告人を懲役一年八月(三年間刑執行猶予)及び罰金二三〇〇万円に処した原判決の量刑が重すぎて不当であるというのである。

そこで、記録及び当審における事実取調べの結果を総合して検討するに、本件は、前示のとおり、被告人が、自己の所有する土地建物の売却譲渡にかかる所得税を免れようと企て、全国自由同和会愛媛県連合会会長であった山田と共謀のうえ、右譲渡に要した費用を水増し計上する方法により所得を秘匿したうえ、税務署長に対し、所得税額を圧縮した内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税一億一二一八万二四〇〇円を免れたという事案であるところ、そのほ脱額が多額に上るうえ、ほ脱率も八〇パーセントを超える高率であること、本件犯行の動機、経緯に格別酌むべき点がないことなどの事情に照らすと、被告人の刑責は軽視することができない。したがって、被告人が修正申告をしたうえ、重加算税等を納付していること、被告人には業務上過失傷害罪による罰金の前科二犯のほかには前科がないことなど、被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中明生 裁判官 三谷忠利 裁判官 山本恵三)

控訴趣意書

被告人 泉勲

右の者に対する所得税法違反被告事件についての弁護人は次のとおり控訴趣意書を提出する。

平成八年八月三〇日

弁護人 西嶋吉光

高松高等裁判所 御中

第一 事実誤認

原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認が次のように存在する。

一 構成要件的故意の不存在

1 被告人には、所得税法第二三八条にいう「偽りその他不正な行為により所得税の額につき、所得税を免れた」との構成要件的故意がないから、無罪である。その理由については、一審の弁論要旨第一に、詳述している通りである。特に、強調したいのは、被告人は自己の所得額をごまかすことなく、適正な所得金額にて申告した上、納税額が同和による特別な税制措置により減額されるものであることを税理士などから確認して、その手続きを同和団体関係者に委任をしたものであるところ、同和団体が架空経費の計上という、被告人の予期しない方法で、しかも、その様な方法で税額を減じるのならば、被告人は税務申告の手続きを同和団体に委任しないことがこれまた明白な本件において被告人の故意を認定することはできないものである。

(一) 被告人が自己の所得額をごまかすことなく、適正な所得金額にて申告する意思であったことは次の事実からも証明できる。

<1> 被告人は昭和四一年に会社を設立して以来、会社と個人の所得申告につき税理士による申告を行い、平成二年の個人所得の確定申告についてだけ同和団体を通じての申告を行ったものである(証人佐伯尋問調書・第二回公判調書二丁裏)。ここから窺われる被告人の姿勢は適正な納税意欲である。

<2> 本件売買契約において、その締結交渉から代金決済の全てにおいて被告人は売買代金のごまかしを行うという言動は一切していない(被告人供述調書・第一八回公判調書一七丁)。被告人が所得金額をごまかして納税しようという意図を有しているならば、売買の当初から裏金の要求などの脱税工作をしているはずである。

<3> 被告人は同和団体の申告手続きをしている税理士として一柳から紹介された野本会計事務所に申告手続きに必要な被告人の平成二年分所得に関する資料(検察官請求番号二三及び請求番号九の添付資料)を提供しており、そこには何らの偽りのない資料が提供されている。この事実は被告人の意思として収入額や経費についてごまかす意図はなかったものであることを推認させるものである。一柳の供述(証人一柳調書・第三回公判調書一四丁表以下)でも、泉から収入や費用は適正に申告した上での節税であることの確認を受けたと明確に供述している。

(二) 同和団体を通じて申告すれば、適法に税金が減額されると被告人が信じた根拠

<1> 証人高木正幸供述等から明らかな通り昭和四三年以来、同和団体の特別納税行動を国税当局が是認したことから、これが全国に波及し、同和団体を通じての納税が低額のまま容認されてきた事実がある。このことから、少なくとも不動産業界では同和団体を通じて申告すれば税金が大幅に減額できるとの認識が一般的になされるようになってきた。

<2> 被告人は右のような話しを従前からも聞いていたが、平成三年一月末頃、一柳から同和会を通じての税金の申告をするようにとの誘いがなされた。その際、一柳から被告人に対し同和会を通じれば税金が半額程度になるとの根拠について、一柳から同和に対しては特別な税制措置あるいは時限立法だとか恩典があって安くなるんだという説明がなされた(被告人供述調書・第一九回公判調書三丁裏から六丁裏及び二〇回公判調書一六丁表から一七丁裏にかけて)。しかし、被告人としては一柳の説明だけでは納得することはなかったのであるが、二人の税務関係専門家から同和を通じて申告すれば税金が安くなるとの確認をしたことにより被告人は税理士の二人がそのように説明するのならば、一柳の言っていることも真実であり、同和会を通じれば適法に節税できるものであるとの確信を得るにいたったものである。

その一人は一柳から同和会の税吏として紹介された野本会計事務所の野本哲士であり、もう一人は長年にわたって被告人の会社及び個人の確定申告手続きをしていた税理士佐伯亨である。

被告人としては二人の税理士(被告人の当時の認識としては、野本哲士も税理士と考えていた)から同和会を通じて申告すれば税金が安くなること、そのことにより査察が入ったり、税務調査を受けたことがないという説明を受け、同和会を通じての節税が合法的なものであるとの認識をしたのである(被告人供述調書・第一九回公判調書六丁表から七丁表、一一丁表から一二丁表)。

同和会を通じての申告につきこれまで査察が入ったり、税務調査を受けたことがないとの説明は、すくなくとも長年にわたり行われている同和会の申告手続きが合法的なものであることの裏付けであると被告人は認識したものであり、その認識には合理性がある。

しかも佐伯税理士は確定申告の締切日である平成三年三月一二、一三日頃に、被告人に対し被告人が依頼している同和会を紹介してほしいとの頼みをなし、被告人は佐伯税理士に一柳の電話番号を教えたのである(被告人供述調書・第一九回公判調書一二丁裏から一三丁裏)。

このことも被告人の合法意識をさらに強化する大きな原因となっている。

(三) 被告人は同和会関係者に対し収入金額や経費を正しく申告したうえで申告してほしいと指示している。このことは一柳も明確に証言している(証人一柳供述調書・第三回公判調書一四丁表から裏)。

2 ところが、同和会の山田文男らは被告の委任に反して巨額の架空経費(約四億五〇〇〇万円)を水増しした申告書を裏付資料も添付せず、被告人の承諾もないまま作成して平成三年三月一五日に松山税務署に提出したものである。山田の行った右申告手続きは明らかな脱税行為であるが、被告人が委任したのは、収入・経費を正しく申告した上で、同和控除による節税であり、山田文男の行為は被告人の委任に反しているものである。

納税者にほ脱の故意がなく、納税手続きを受任した代理人がほ脱の意思により納税手続きをした場合に、ほ脱の意思のない納税者をほ脱犯として刑事罰を課すことはできない。被告人がまさにそれに該当するものである。

山田文男が被告人の委任に反した脱税申告をしたことは次の点からも裏付できる。

(一) 三月一五日の申告に当り、出来上がった確定申告書の申告納税者欄の印鑑を了解もなく、被告人が見たこともない印を調達して捺印の上提出していることは、被告人に見られては申告の依頼を拒まれることを恐れての行動であったことの証明である。

申告書の控を被告人に渡さなかったのも、又同じである。

(二) 申告書を提出して二、三カ月後、配当控除が脱漏しているので、訂正の上過納付額を還付したいと税務署から連絡があったとき、山田は、被告人に連絡さえすれば還付にかかわる訂正であるため早速に被告人が訂正に行き、自分は手間が掛からずにすむところを、あえて被告人に連絡せず、自ら出向いて行って、しかも申告の時に調達した印鑑と違った印鑑を訂正印として更に調達しているが、いかに被告人に申告内容を知られたくなかったことの証明である。

(三) また、訂正内容が大変策略を凝らしている。

すなわちこの訂正は納税額が過納となるので還付されるものであったが、還付されるべき税額に見合う他の所得を虚偽に増額訂正して還付税額をなしになるようにしているのである。

山田のこのような訂正は、もし被告人に税金の還付があったとき被告人が税務署に何の還付金か問い合わせ等するうちに、被告人が考えてもいないような申告(四、五億円の経費の水増)が知られることを恐れてとった行動以外の何ものでもない。

二 原判決は、被告人には共犯者の手による不正行為の容認があったと認定して、有罪の判決をなした。その根拠とするところは、以下に述べるように、原判決の事実誤認に基づくものである。

1 原判決でも、被告人が本件の所得秘匿工作である水増しについて具体的に関与したという証拠はなく、また、被告人が本件不正方法の具体的決定には何ら関与していないことを認めている。

2 しかしながら、原判決は、「被告人が同和関係には特別優遇措置があること、そして、同和団体によってその優遇措置の扱いを受けられる者だと認定されれば、合法的に右恩典を受けて節税できるものと信じた旨の弁解を信用できない。」と判示する。その根拠として、原判決は、「被告の信じたという内容が、もし、右優遇措置を受け得る者の認定を同和団体が何らの制限もなく、自由に行えるというものであるとすれば、それはつまり同和団体の恣意により所得税を左右しうるという不合理な制度が存在するということを信じたことに帰着するからである。」というものである。

しかしながら、原判決の右論理は現実を無視し、同和関係の実体に目を閉ざしたものである。だれが同和関係者であるかを国が認定する機関は存在せず、そのことを国が調査することも許されていない。そうすると、同和団体が認定するものが同和関係者となるしかないのである。税理士資格のない同和団体が確定申告書の税理士欄にわざわざ同和団体の名称を記載しているのも、当該同和団体が納税申告者を同和関係者であると認定した結果を税務当局に示しているものであり、税務当局も同和団体を通じて申告してきた者については同和関係者として取り扱うとの処置をとってきたことの表れである。

同和団体としても、国税当局が同和関係者には納税上も特別優遇措置をしてくれると信じているからこそ、納税申告書に同和団体の記名押印をしているのである。

3 原判決は、「被告人が同和関係者でないにもかかわらず、その主体性を偽って本来うけることのできない優遇処置を受けようとしたということに帰着することになり、右認識は不正行為の故意を阻却するものとは解せられない。」とする。

しかしながら、一般社会では、資格が本来ないにもかかわらず、一定の要件のもので資格を得て、準資格者として取り扱われるという事例は枚挙にいとまがないほどである。例えば、農協協同組合は組合員に対する金融を行い、組合員は農業者であるが、農業者でなくとも出資行為をなすことによって準組合員としての資格を取得し、本来、受けられない農協からの融資もうけることができるのです。

同和団体を通じて申告すれば、同和関係者でなくとも準会員として同和関係者としての優遇処置がえられるとの理解は決して不合理ではないものである。

田和の証言(第五回公判調書五丁表)でも、同和地域に在住しなくとも準会員となれることの説明がなされている。

しかも、同和関係者であるかどうかを確認する手段が国税当局にない以上、同和団体を通じての納税者は同和関係者として取り扱う以外にないのである。そのことによる不都合(同和関係者でないにもかかわらず、同和関係者としての優遇処置の適用をうける)は甘んじて容認しようとしているのが国税当局のこれまでの実体である。

4 また、原判決は、「一〇〇〇万円の減額折衝をした上、そのことにつき三〇〇万円の謝礼を支払うことが必要であるとまで信じるなどということはおよそ理解しがたい。」とする。

しかしながら、被告人としては適法な行為であると認識していたからこそ、一〇〇〇万円の減額をさらに交渉したという側面を原判決は見逃している。被告人は同和団体を通じて税務申告すれば、優遇処置によって税額が低くなるが、それはいろいろな特例の適用の結果であり、同和団体と税務当局との間で幅があるものであると考えていた。したがって、被告人としては同和団体の努力次第で税金がさらに低額になるものと考えていたからこそ、一〇〇〇万円の税額低下の報酬として三〇〇万円の提供を承諾したものである。経済社会の世界では正当な行為により利益が生じた場合にはその行為に対し三割程度の利益を付与することは決して不合理ではないからである。

これに対し一〇〇〇万円を更に減額することが不正行為に基づくものであると被告人が認識しているならば、そもそも被告人が三〇〇万円の提供を承諾しないものである。なぜなら、税額が半額になることが適法な優遇処置の結果ではなく、不正な書類操作(例えば架空経費の計上)によるものであると認識していたならば、そもそも被告人は納税手続きを依頼しておらず、また、仮に、被告人が何等かの不正な操作によって税額が半減するものであると認識しているならば、更に一〇〇〇万円の減額をしてもらうことについて三〇〇万円もの高額な報酬を支払う必要はないからである。適法に減額できると考えたからこそ高額な報酬を支払うのである。これが被告人のような経済人の経済感覚である。不正な行為による減額はいつ脱税として摘発されるかも知れないのであり、そのような危険のある行為に高額な報酬を経済人は支払うものではない、ということを是非、裁判所は理解すべきである。

原判決は、「右事実は仮に被告人が収入と費用とを適正に申告しても同和団体による恩典により税額が減少しうるものだと考えていたとしても、それと同時に、同和団体による申告であれば税務調査等を受けることはなく、申告納税額をいくらにするか、当該団体との交渉次第であるという認識も被告人の内心に合わせ存在したことを示すものと言える。」と判示する。

しかし、右判示は被告人の供述を正確に理解した上での判断ではない。被告人はこれまでの情報として同和団体を通じての納税で税金がやすくなることについて幅があるという理解をしていた(被告人供述調書・第二〇回公判調書二八丁裏)が、それは、申告手続の際、同和会がいろいろな適用の仕方によって金額の幅があるとの理解であり(同調書二八丁裏)であり、被告人が同和団体と交渉してその交渉次第で安くなると考えていたのではない。

5 また、原判決は、被告人の出捐の内訳とそれに対する対応において、「申告書が提出された後、その日の内に、田和と一柳とから、同和と通じないで申告した場合の申告書控えなどを受領し、また、おそくともこのときには、本件の申告により国庫に納めるのは二五九六万三一〇〇円にすぎず、田和らに対しては三〇〇万円のほかに三三二六万八四五〇円を支払うことになることを認識している。通常の判断能力を有するものにとって、このような支払い内訳は、適法な納税を前提とするものとしては不自然に感じる筈であるのに、この日、……三通の小切手を田和らに交付し、しかもそれをその後も放置していて、例えばただちに佐伯税理士に相談するなど適法でなければ申告しないと考えていた筈の者ならばとってしかるべき処置をしていない。このことは被告人が当初から何らかの不正行為がなされることを容認していたことを示す。」と判示する。

しかしながら、被告人は山田が税務署に提出した申告書の写しを受けとっておらず、四億五〇〇〇万円もの架空経費を計上した上での、申告であることは当時は全く知っていなかった。しかも、二、三日前には佐伯税理士から被告人が依頼している同和団体を紹介してほしいとの連絡があり、一柳の電話を知らせるということまでしているから、税理士が紹介を求めるような団体である山田らがまさに不正な申告をしているとは予期していなかった。

被告人としては、一柳らが納税期限の三月一五日に来たのは午後三時頃であり、納税額が低いと感じ、これはどういうことかと説明を求めたところ、一柳らは、これでいいのだ、受付もしてもらっているとの説明であり、納税時間も迫り、被告人としては、受付をしている以上、適正な申告になっているものと考え、納税のための小切手を一柳らに交付したものである(被告人供述調書・第一九回公判調書三二丁表から裏)。

このように、被告人としては、三月一五日の納税後には、納税金額が低いという認識はあったものの、申告は収入及び経費を正確に記載した上、申告をしたものと信じていた。したがって、不正な方法により申告しているとは気付き得ない被告人としては、佐伯税理士に相談することもなかったのである。しかも、佐伯税理士そのものが、その二、三日前に、同和団体の紹介を求めて連絡してきたのであるから、被告人としては不正な申告が行われているとの認識が全くなかったのも無理からぬことである。

したがって、三月一五日以降、佐伯税理士らに相談するなどの処置をしていなかったからといって、被告人がなんらかの不正行為がなされていることを容認していたことを示すということにはならないのである。

6 また、原判決は、被告人が佐伯税理士に対して、同和団体を通じて申告すれば税金が正規に半額ですむのかどうかを尋ねた際、同税理士の返事が、同和から申告しても税務調査等があったという話しは知っている限りでは一件もないとのものであったことを認定しつつも、しかし、右説明を受けたから同和団体による本件被告人の行為も是認された適法なことだと信じた旨の被告人の供述も信用できないと判示する。

しかしながら、昭和四一年以来、税務処理を依頼している税理士から、数十年にわたっておこなわれている同和団体による申告手続きにおいて税務調査等があったという話しは知っている限りでは一件もないということは、税務当局が同和団体による正規税額の半額申告を容認していることと理解できるのであり、そのことはまさに、一般人にとっては、同和団体による半額の納税が適法なものであると信じるに足りる事実である。被告人が佐伯税理士の右説明から同和団体による半額申告を適法だと認識したことには合理性があるのである。

現在も、同和団体による半額納税が実行され、国税当局は現実にこれを容認しているという現実を裁判所は直視しなければならない(証人高木尋問調書四丁裏)。

第二 訴訟手続きの法令違反

原判決は、本件を公訴権の乱用として、刑事訴訟法三三八条四号により公訴棄却の判決を言い渡すべきところ、有罪判決をなしたのは、訴訟手続きに法令違反があるものである。

一 原審において弁護人は公訴権の乱用による公訴の棄却を求めた。その詳細は一審の弁論要旨第二に記載の通りである。

二 これに対し原判決は、ほ脱率が八割を、ほ脱額が一億円を超える事犯であって、その違法性は重大であること、被告人は本件の納税義務者であって、本件が摘発されていなければ当然に多額の不法な利益を享有し得たものであることなどから、検察官の訴追裁量を逸脱したものとは考えられず、また、被告人の行為の処罰が不当であり、その公訴を棄却すべきとする根拠は認められないと判示する。

1 ほ脱率が八割を、ほ脱額が一億円を超えるとしても、それは山田文男の行為によるものであり、被告人としては半額からさらに一〇〇〇万円程度が減額されるとの認識であり、収入や経費をごまかしてまで納税する意図はなかった。しかも、山田文男が行った申告は四億五〇〇〇万円もの架空経費を徴憑資料も添付しないまま、申告したものであり、本来ならば、税務担当者が被告人名義の申告書を調査した際、経費の資料不足を被告人に指摘さえすれば、被告人はただちに被告人名義の申告書を修正し、正しい申告にしていたことは被告人のこれまでの納税姿勢からも明白である。このような基本的な作業を怠っていたのは税務当局の怠慢である。しかも山田文男が作成した被告人名義の確定申告書に配当控除の脱漏という記載ミスを発見した担当の税務署員が平成三年七月頃被告人に連絡をせず、山田文男に連絡をするという重大な誤りをしている(証人菊池敏則尋問調書第一〇回公判調書四丁裏から五丁裏)。この連絡を被告人にしていれば、被告人は山田の行った架空経費の計上という工作を知り、ただちに、修正申告の手続きをすることができたものである。

したがって、国税当局にも重大な落ち度があるのであって、そのことを棚に上げ、被告人の刑事責任だけをとりあげるのでは、はなはだ不公平とのそしりを免れ得ないものである。

2 山田文男が行なった脱税工作とは、巨額な架空経費を計上するだけで、その裏付けとなる徴憑書類は添付しないという、およそ脱税工作とも言い得ない代物である。税務担当者が目を通せば、計上された経費の徴憑が添付されていないものであるから、資料不足であることは容易に知り得るところである。本来ならば、税務担当者は添付されていない経費の資料の提出を被告人に求めるべきである。ところが、本件ではそのようなこともなされていない。もし、経費の資料提出を被告人に求めていたならば、被告人は予期していない架空経費の計上がなされていることを知り、ただちに修正申告をして正規の税額を納入していたものである。したがって、原判決が判示するように、本件が摘発されていなければ当然に多額の不法な利益を被告人が享有しえたというものではない。本件摘発がなくとも一般的に行われている申告書の調査の段階で修正申告をしているのである。ところが、松山税務署は脱税事件の摘発による、自らの実績確保をして成績を確保したいという意識から、被告人をして資料不足を補完させるという手続さえしていないのである。

3 また、本件刑事事件の審理を通じて明らかになったのは、国税当局が昭和四五年の国税長官通達以来、同和団体との間で、不作為による脱税幇助関係にあるかのごとき癒着関係を築いてきたという事実である(一審弁論要旨の第二、四項(四七頁以降)。その延長として「えせ同和行為」として山田文男が組織的に脱税請負組織を形成してきたものであり、山田らをして脱税請負組織を形成せしめたことについては国税当局の怠慢が大きく寄与している。このことは本件公訴権乱用の判断の前提事実として重要である。国税当局が税理士法五二条の「税理士でない者は、この法律に別段の定めがある場合を除くほか、税理士業務をおこなってはならない。」との法律を国税当局が順守し、同和団体の納税代理を認めず、同和団体が取り扱った申告手続きについては全件を調査対象案件にするならば、たちどころに、脱税請負組織を壊滅できるのである。このことは国会審議でもすでに指摘されていることである(弁一一号証)。ところが国税当局はこのようなことはしようとしていない。

4 以上のことから明らかなとおり、被告人が関与した行為の違法性及び責任は極めて軽微であり、むしろ脱税請負組織の発生、維持において捜査側の立場にある国税局の幇助的行為ともいえる怠慢が最も大きいものであること、被告人は修正申告をすでに行ない、重加算税もすでに納入していることから処罰の必要性もないこと、本件脱税請負行為に対する刑罰の主たる目的はその組織者に対して向けられるべきものであり、その組織者を外した起訴はそもそも起訴目的の多くを失っていること、本件事件において被告人一人を処罰し、脱税請負組織関係者の処罰をしない不平等判決は有罪判決の国民に対する説得力、感銘力を期待できず、むしろ被告人に対し一般の脱税請負事件と比べて不当な差別的取り扱いがなされたとの印象をもらすものである。

また、国税局の前記怠慢に対する警鐘を司法の立場から行なう必要があることはこれまた前記事実から明らかである。

これらのことを総合して判断するならば、被告人を処罰することは相当ではなく、刑事訴訟法三三八条四号を準用して、公訴を棄却すべきでる。

第三 量刑不当

一 原判決は被告人に対し「懲役一年八月及び罰金二三〇〇万円に処する。右罰金を完済することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。訴訟費用は、全部被告人の負担とする。」との判決をなした。

二 しかしながら、弁護人が公訴権乱用について詳述している、事実関係及び国税局の怠慢行為、松山税務署の手続きミスを考慮するならば、被告人に懲役刑と罰金刑を併科することは不当である。

とくに、松山税務署及び国税当局が税理士法五二条に違反していることを承知しながら、同和団体による納税代理行為を容認していたことが本件事件の最も大きな原因であること、また、松山税務署は被告人名義の申告の記載ミス(配当控除の脱漏)を被告人に通知せず、同和団体関係者に通知して訂正させたことから、被告人に架空経費の計上という事実を知り得る機会を奪ったことなど、重大な任務違反がある。このことを考慮するならば、仮に、被告人に有罪判決をする場合でも懲役刑が罰金刑かのどちらかの選択でよく、併科をすべきでない。また、いずれの科刑においてもその執行が猶予されるべきものである。

国政当局及び松山税務署の任務怠慢を厳しくとがめることも本件において裁判所に課せられた責務である。

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